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TOKYO ⇔ KYOTO

東京と京都のクリエイティブエージェンシーで働くふたりの異文化交流

『貌切り』のセリフが、自分の中にあった言葉とシンクロした話

こんにちは、堤です。

交換ブログってこれまで何度か挑戦してきたんだけど、たいていうまくいったことがない。

が、今回の相棒になる上村君は実に熱い男で、言いたいことがグルグルと渦巻いているタイプの男だから、きっと続くような気もする。

さて、ここ二週間で上村君に話したいことをいくつか考えていたんだけど、とりあえず2つまで絞り込んだ。

  1. 『貌切り』という映画について
  2. 『SXSW』というイベントについて

この二週間で最も嬉しかった出来事で言えば、完全に2なんだけど、タイムリーなのは1なので今日は『貌切り』という映画について共有しようと思う。

貌切り

この映画は舞台を演じる俳優と、その舞台裏の人間模様を描いた、多重構造の映画で、映画自体はなんと実際に行われた全八回の舞台を編集したものとなっている。

俳優が舞台のキャラクターを演じ、その中でもさらに"スタニスラフスキーシステム"を使って、別の人間を演じるなんともややこしい作品だ。

 


純粋に面白かったという感想はさておき、僕が伝えたいのは、この作品は全ての表現者の"孤独"を、演劇という形で表現したものであるということ。そして僕はそれにひどく共感をしてしまった。

あらゆる表現活動をしていて、ぶち当たることがある"孤独"。誰からも得られない理解や共感、うまくいかないことへの葛藤、そして他人へのジェラシー。これが映画の中でバランスよく、演じ分けられていた。

主人公は孤高のカリスマ映画監督、ヒロインは表現者になり切れない中堅俳優、映画監督にずっと付き添っている売れない助監督、魂を売ったと言われる脚本家。みんなそれぞれに表現者として抱えている悩みがある。これの誰に共感するかで、自分の今のステージがわかると思う。

そして映画の最後で語られる「禁断の果実」。この感覚は自分にも身に覚えがある。これを齧ったら最後、もうそのステージから降りることは許されない。

上村君、今君は"孤独"だろうか?この感覚を共有できる人間は少ない。だからこそ、交換できる人間が現れた時はすごく嬉しくなる。なんとなくだけど、君はこちら側の人間な気がしているんだよ。

ちなみに俺は悩んでいた時に尊敬する人に言われた言葉に勇気づけられて、今は随分と気が楽になった。

 

「一流の表現者はみんな孤独だ。僕が見てきた成功者はみんなそうだった。堤君もそちら側に足を踏み出したんだよ。君の通った道を先に行った人は、みんな君のことを理解して受け入れてくれるから大丈夫だ」

 

気が向いたらぜひ映画を見てみて欲しい。最後に、似たような映画で言えばこちらもおすすめしておこう。